梅田在住の私のヒゲ脱毛法

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私は梅田に住んでいる30代なのですが、相変わらずの童顔美白でちっとも貫禄が出てきません。

正直なところ、30を過ぎたらもう少し威厳というか風格が無いと、取引先や同僚に軽く扱われるのではないかという心配があり、実際にキャラクターも相まってか少々いじられるケースも発生しているので、少しだけ重く受け止めています。

そんな私の容姿の中でも結構自分で気にしているのがヒゲの濃さです。

頭の毛の方は多少薄くなってきたのですが、それに反比例するようにあごひげ、口ひげ、鼻の下のヒゲは濃くなる一方のように感じられるのです。

この元気が頭の毛の方にもあればなあ、この元気が他の体の部分にいけばなあと思っていますがそんなことは一切お構いなしに伸びたい放題です。

一日でもそるのを忘れてしまうと次の日には泥棒ヒゲのようになっており、同僚に言わせれば、顔は未だに少年のようなのにヒゲだけは立派ということで少々コントのような感じになっているようです。

私は童顔美白というキーワードからも察せられるように、肌の方が敏感肌でちょっとした刺激に対して直ぐに出血してしまいます。

なので、シェービングはかなりおっかなびっくりにやることになります。

例えば、よくビジネスホテルにあるようなチープで簡易なカミソリを使えば100%出血してしまいます。

ですから、いつしかこの全然似合わないくせに勢い良く生い茂ってくるヒゲという存在をなくしてしまいたいと思うようになりました。

梅田のメンズエステにも通ったことがあり、レーザーによるヒゲ脱毛も局所的におこなったのですが、お金がかかりすぎてものすごく痛い上、残念ながら永久脱毛とはいかず、半年もすると元の状態に戻ってしまいました。

色々と調べてみると医療機関での永久脱毛は効果があるということですが、痛みやコストを考えると二の足を踏み続けている状態なのです。

そこで結局私がたどり着いたのは毛抜で抜く古典的な方法でした。

だいたいすべて抜くには1時間以上はかかりますし、ある程度伸びた状態でないと綺麗に抜けないのですが、それでも抜いたあとは綺麗さっぱり5歳は若返ったと言われます。

正直冒頭に述べたように若く見られるよりも風格が欲しいのですが、キモいと思われるよりはまだマシでしょう。

よくネットの風潮では自分で抜くと毛根が残り余計濃くなったり埋没毛ができて汚いという意見がありますが、私の場合は幸いにもそんなことは一切内容です。

ただ、月に1,2時間は手間がかかりますし、お金があって、痛みも少なくて、良い脱毛機関があれば直ぐに頼みたいところでもあります。

自力による脱毛に関してアドバイスが有るとすれば、例えば毎週15分ずつまばらに抜いて発毛時期をずらしていく方法も効果的だと思います。

これをするとビフォーアフターのギャップも少なくてすむのでおすすめです。

梅田 ヒゲ脱毛

子育ては勇気づけが大切!

kosodate

最近ステップという子育てについての勉強をしています。

これは海外の教材なのですが、日本語の教科書もあり、私はそれをある方から教えてもらっています。

まず、子育てで一番大切なことは、「勇気づけ」です。勇気づけというのは、誉めるとも違いますが、とにかく同じ目線で誉める、励ます、あなたなら大丈夫!という言葉がけです。

自分がしてほしことことをしてくれたときにだけ誉めるのはダメです。

その誉めは子供を思い通りにコントロールしたいという欲求が裏にあります。

これは要注意な誉め方です。

そういうおやは自分の思うような行動をすると誉めません。

子供は人の顔色をうかがいながら生きるような子供になってしまいます。

とても生きづらいはずです。

一番重要なのは子供が自発的にやったことにたいして、「なにしてるの?わぁ、こんな素敵な飛行機をブロックでつくれたの!すごいじゃない!写真とろうかな~」とか最高です。

まず、子供の自発的な行動を誉めています。

そして写真をとるという行為で、あなたのしたことはとても素晴らしいから写真に残すね。

というメッセージがこめられいます。子供は自分がしたことをとても満足できるでしょう。

そして、もうひとつ大切なことは子供に失敗をさせるということです。

スプーンでうまくすくえないからといって、親が手をだしてはいけません。

自分でどうにかします。汚したらあとで洗えばいいんです。

失敗しないように先回りしてすべてやってしまう親は最悪です。

そこには「あなたは私がいないとなにもできないのね」というメッセージがこめられています。

これは、子供に無気力さを植え付けます。子供にたいして親が依存しているのです。

私がいないとあなたがダメ。

なんてほんとうに最悪なメッセージです。

子供は怖がりになるでしょうし、自発的に動けない人間になりかねません。

私はどちらかというと、このような親に育てられたので生きていることにいろいろと苦労させられています。

わかりにくい第一次大戦

sensou日本人にとって第一次大戦は割りと他人事なので、どういう経緯で始まったのかいま一つよく知られていません。

セルビアでオーストリアの皇太子夫妻が暗殺されたためにおきた、といわれますが、具体的にそれはどういうことなのでしょうか。

当時、セルビアは貧しい国でした。

一部の人たちは周囲の同じような言葉を話す人々と一つの国を作る、大セルビア主義という考え方を持ち始めます。

周辺国と一つになり、海に面すれば豊かになれると考えたのです。

それは正しいのでしょうか。

おそらく正しいでしょう、海に面して国際貿易を行えば国際的な分業体制に参加でき、生産性が向上し、また安く外国の商品を買えて、まず豊かになれることは疑いありません。

そのため、彼らはなんとしても海がほしかったのです。

これは何かに似ています。

そう、ロシアの考えです。彼らもまた海がほしく、トルコやペルシア、アフガニスタン、そしてついには満州で日本とも戦ったのです。

彼らが似ているのは当然と言えます、セルビアとはスラブからきた名前でしょう、ロシアとセルビアは大体同じ民族なのです。

セルビアがほしい土地はオーストリアが持っていました。

それをとるには自分たちの力では無理なので、セルビアはロシアに助けてもらうことを考え付きます。

オーストリアを挑発して戦争を仕掛けさせ、ロシアに助けてもらってオーストリアを倒し、ほしい土地を取ってもらおうという横着な考えです。

暗殺事件のあと、実際にロシアはオーストリアからセルビアを守る動きを見せます。
それに対して、ドイツが待ったをかけます。

オーストリアを守るためにロシアと戦うことを決めるのです。

彼らはなぜそこまでしようと考えたのでしょうか。

それはドイツもオーストリアも同じゲルマン人だからです。

日本人には分かりにくい、共通民族だという理由でロシアとドイツは、セルビアとオーストリアのためにお互い戦い始めたのです。

そこから第一次大戦が始まります。

日本人の国は日本しかないため、同民族の他国に対する感情がまったく分からない日本人にとって、第一次大戦がなんだか分からない印象があるのは実に当然といえます。

パパっ子だった娘は今や思い出話です

パパと娘私は小学5年生、11歳の娘をもつ父親なのですが、最近良くも悪くも段々と娘が父親離れしてきたように感じます。

と言いますのも、娘は幼い頃は奥さんより私にいつもくっついてくるようなパパ大好き人間でした。

どこへ行くにしてもいつも横にくっついていましたので、たまに昔行った家族旅行の写真を見返すと必ず私の横には娘がいるのです。

それに何でも私の真似をしたがる感じでしたので、私が趣味で集めているキャップ(帽子)も、「私もパパみたいにキャップ欲しい!」と奥さんにお願いしているくらいでした。

そして、まるで小さい彼女のように、私がキャップをかぶっていると真似して同じような子ども用キャップを嬉しそうにかぶって喜んでいました。

最近流行り始めているペアルック的な感じです。

しかし、小学4年生辺りから段々とそういったことも少なくなりはじめました。

特別避けるという感じではないのですが、娘自身が自分の自我が強くなったような感じで、奥さんのお化粧に興味を持ちはじめたり、学校のお友達が持っているものを欲しがったり、ファッションに興味を持ったりなど、当たり前と言えば当たり前な、自然な成長です。

父親の私としては「いつか父親離れするときが来るだろう」と心構えはしていましたので、然程「娘が離れていくようで寂しい」的な感情にはなりませんでしたが、「あ、来るときが来たか」といった感じでした。(笑)

因みに奥さん的には「何かパパ大好き人間過ぎて少し心配していたから安心したよ」と言っていました。一理あります。

まぁ何にせよ嫌われていないだけ安心です。(笑)

今後はもっと女の子らしくなったり、成長と共に反抗的になって父親にそっぽ向くようなこともあるでしょうから、そのときはそのときで娘と上手く向き合っていきたいと思います。

そんな感じで、凄くパパっ子だった娘が、成長と共に、良くも悪くも父親から少し離れていったお話でした。

オンライン英会話の再開

english一ヶ月間おやすみしていたオンライン英会話を再開しようと思います。

ここ最近は特に忙しいわけでもなかったのですが、何だかモチベーションが上がらず、1ヶ月おやすみしてみようと思い立って先月一度退会したのでした。

とは言え、代わりと言ったら何ですが英会話のポッドキャストは毎日1時間ほど聴いていたので英語から離れていたわけではありませんでした。

オンライン英会話を休んでみた理由のもう一つとして、どうも上達していないのではないかという疑念がありました。

ここ半年ほどあまりサボらずに続けてはいたのですが、なかなか自分の思っている言葉が出てこなかったのです。

講師の方々は良い人ばかりだったのでコミュニケーションを楽しんではいたのですが、問題のスキルが上がっている感じがぱったりとしなくなっていたのです。

ですので、ここはひとつ距離をおいてみようと思ったのです。

その代わりに聴いていたポッドキャストでは同じ内容のエピソードをランダムにずっと聴いていました。

ほぼ毎日同じ内容のエピソードを聴くことで理解が深まったり、滑らかに頭に入ってくるような感覚がありました。

ひょっとしたら自分はオンライン英会話では消化不良になっていたのかもしれないなあと思いました。

いつも違う内容をやってその時は消化したつもりなのですが、すぐに忘れてしまっていたのです。

それよりは同じ内容を何度も繰り返し復習したほうが地味な学習法ですが着実に自分の力に鳴るような気がしました。

さて、1ヶ月経ってみて今日からまたオンライン英会話を再開しますが、この反省を活かして繰り返し重視でいきたいと思います。